Finance Record

一旦理由があって廃止したFinanceRecordを復活させています。企業のビジネスモデルとファンダメンタルズを紐づけて分析しています。

アップスタート(UPST)のビジネスモデルと財務分析をしたら、優位性が浮き彫りに。

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https://ir.upstart.com/

 

 

はじめに・アップスタートのビジネスモデル

UPSTは、米国のAI融資のプラットフォーム企業です。

ビジネスモデルとしては、「AIによる自動審査」を行い、無担保での融資を行うというもの。

レンディングの会社か…?と思っていたのですが、一番のビジネスモデルとしてのキモは、アップスタートはAIによる審査のみを行うという点です。

 

アップスタートのIR情報に下記と記載されている通り、実際に融資を行うのは、提携している複数の金融機関となっています。

 

アップスタート(Nasdaq: UPST)のミッションは、真のリスクに基づく楽な与信を可能にすることです。私たちは、銀行パートナーのリスクと融資コストを削減しながら、手頃な価格のクレジットへのアクセスを改善するために設計された人工知能(AI)融資プラットフォームのリーディングカンパニーです。当社のプラットフォームは、高度な機械学習モデルを使用して、従来のクレジットスコアベースの融資モデルよりも正確にリスクを特定し、より多くの申請者を承認することができます。

https://ir.upstart.com/


■今の経済はクレジットがあって成り立っている 

なぜこの融資が大きな市場であるのか。クレジットは米国経済の礎であり、現在現金の数十倍クレジットがある事はご存知の通りです。クレジットによって、個人であっても、早く車を購入し、住宅を購入し、いい学校に行くことができる。


この様に、現在の経済ではクレジットを利用するのが当たり前の社会と言えます。そこにアップスタートは、絶妙なポジショニングで参入しました。

 

なぜアップスタートはこの様に爆発的な成長を遂げる事が出来たのか。それは、クレジット自体が米国の経済に古くから根付く仕組みであること、銀行の強みと問題をうまく活かしていることが挙げられると考えます。


■現在の米国のクレジット付与と既存銀行の融資の仕組み

まず既存の米国クレジットの仕組みを見ていきましょう。


米国クレジット付与の仕組みの代表格として、FICO スコアというものがあります。FICOスコアは 1989 年に考案され、現在も、誰がどの程度の金利で与信を受けるかを決定する基準となっています。FICO スコア以外にも複数の条件を当てはめて融資を実行するようですが、ほとんどの銀行は、限られた数の変数のみを考慮したルールベースのシステムを使っています。

 

ちなみに、通常のクレジットベースの融資だと、だいたい8~15程度の変数が組み込まれており、優れたモデルは30の変数が使われているようです。


そのような与信システムではリスクを適切に特定・定量化できないため、何百万人もの信用力のある人がシステムから取り残され、さらに何百万人もの人がお金を借りるために高いお金を払っているという現状があります。


■アップスタートの融資の仕組み

アップスタートは、AIの力を活用して、1600以上の変数を組み込んでいます。しかも、現在も増えている返済データを含めて、トレーニングを今も行っています。


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https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/1647639/000119312520285895/d867925ds1.htm

この性質上、継続的に改善され続けるビジネスモデルとなっており、このネットワーク効果によって、同じ損失率でも、FICOスコアでは融資が下りない先にも承認を行う事が出来ます。(大手銀行のクレジットモデルと比較し、同じ損失率で3倍近い承認を行う事が出来たようです。)



この様な確度の高い情報で行われた融資は、銀行にとっても融資時の金利の低下につながり、結果として大きな競争優位性を手に入れる事が出来ると述べています。

 

アップスタートの売上の中身

アップスタートの収益は、主に銀行から支払われる手数料で構成されています。Upstart.comを通じて紹介され、銀行のパートナーが組成した各ローンに対する紹介料、組成した各ローンに対するプラットフォーム料(出所にかかわらず)、消費者がローンを返済する際のローンサービシング料を銀行に請求しています。


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https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/1647639/000119312520285895/d867925ds1.htm

 

ちなみに、銀行パートナーとの契約は非独占的で、通常12ヶ月の期間を持ち、一定の早期解約条項と最低手数料額に従って自動的に更新され、最低組成義務や組成制限は含まれ無いようです。銀行にとってはいい契約の様に見えます。

 

この様な契約からか、現在は42の銀行と信用組合、および150以上の機関投資家がアップスタートのプラットフォームでローンに資金を提供しており、銀行にとっても、利用する個人にとっても、非常に「使いやすい」パートナーと言うのがアップスタートの強みになっているのかもしれません。

 

銀行の抱える強みと問題の背景

ではなぜアップスタートが参入する余地があったのかもう少し考えてみましょう。それは、現時点で銀行の強みと問題点を理解して、うまく解決を図れたからではないでしょうか。


まず銀行の強みを確認しておきましょう。米国では、100年以上にわたって銀行が消費者金融の最前線に立ってきました。銀行は、低い資金調達コスト、独自の規制枠組み、消費者の高い信頼性など、長期的な構造的優位性から利益を得ています。


更に、銀行は、既存の枠組みにより、全国的にほぼ統一された貸出プログラムを構築できる利点があります。

 

銀行のこの様な強みを崩すのは容易ではありません。アップスタートからすると、このような銀行の優位性に基づき、破壊的な戦略よりも、パートナーシップに基づく銀行のアプローチがより成功すると考えているのでしょう。実際、銀行と闘おうと思うとものすごく体力が必要でしょうが、銀行を味方に付け、テクノロジーサポートを提供し、取引履歴は銀行からどんどん入ってくる。この仕組みはアップスタートにとって、スケールするのに非常に効率的ではないでしょうか。


さらに、アップスタートはその銀行にも抱える問題をうまく解決しています。


銀行は競争力を維持するためにデジタル変革を行う必要がある。しかし、これは容易ではありません。



米国の大手4銀行は、資金にも人材にも余裕があり、年間380億ドルをテクノロジーイノベーションに費やしていると推定されているそうです。しかし、大手4行以外では、8兆ドル以上の預金を保有しているにもかかわらず、中小銀行等は、時代遅れの技術を持ち、デジタル化プロセスに資金を投入するための大銀行の技術的リソースが不足していると言われています。

 

また、コロナの影響により、銀行の実店舗へのアクセス不足から、銀行業界はデジタル機能を重視するようになり、こうした傾向は更に加速しています。


アップスタートは、テクノロジーを駆使して、審査の効率化を行い、通常の審査では通さなかった審査を通すことができます。この銀行の抱える問題を解決するビジネスモデルを持つのがアップスタートという訳です。

 

アップスタートの直近四半期損益レポート

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上記の様なビジネスモデルや銀行の抱える問題を把握し、アップスタートの損益計算書を見てみましょう。

■売上

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まず、売上高は物凄い成長を見せています。費用としては販管費が中心ですが、既に利益を確保できています。利益率にすると20%近いので、この規模で既にこれだけの利益率を確保できているのは驚異的と言えるでしょう。

 

これが何を意味するのかと言うと、別のビジネスを開発していく事が容易になるという事です。アップスタートは自動車ローンのビジネスを開発しています。


利益を生んでおり、キャッシュを生み出せているという事は、新たな人間を雇い、新たなリソースを投下する余地が大きく生まれるという事です。

 

利益を犠牲にして成長を行う考え方も当然ありますが、アップスタートのポジショニングではそれが必要ない為、更に長期的な視点に立って利益を活用できるのは非常に優位な点だという事が出来るでしょう。

販管費

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販管費の中身ですが、マーケティング費用が最も多い。次いで研究開発費です。

最も多いのがマーケティング費用と言うのは、アップスタートのビジネスモデルを考えるとある意味当たり前ですね。

アップスタートは審査とマーケティングを行い、銀行に紹介をして行くビジネスモデルです。既に利益を上げているだけでなく、マーケティング費用を掛けた上でこの利益率と言うのは非常にいい結果と言えるのではないでしょうか。

 

研究開発費は基本的にはエンジニアの給料のはずですが、ここも直近46M(約46億円)投資しているのですが非常に軽く見えます。今後この部分は拡大していくにせよ、四半期に46M投下していてこの比率に見えるのは非常にいい数字であると思います。

■各KPI

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アップスタートは紹介料中心のビジネスモデルの為、組成したローン数やトロ挽ボリュームが増えて行けば行くほど収益が増大し、AIが効率化していくという側面があります。また、自動でローンを組成できれば出来る程効率的で軽いビジネスモデルが出来上がると思います。

 

コンバージョン率は、問い合わせがあった中で、融資紹介として組成した件数がどれだけあったのかというものです。各KPIはどれも右肩上がりであり、非常に優れたビジネスモデルとなっているように思います。

 

■アップスタートのBSは特徴的

 

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次にアップスタートのBSを見ていきましょう。

左が資産の部、右が負債・純資産の部です。

まずは、融資を行っているにも関わらず、それほど資産の部で貸付金が大きくない(現金以外の流動資産の内の約半分)かつ、借入金が多くはないという事です。

単純にAIの力を使って銀行ビジネスモデルを破壊する。となるならもっと多くのキャッシュと、もっと多くの貸付金と、もっと多くの借入金が必要になります。

 

しかし、アップスタートは事業を拡大させていく為に必要な貸付金(今回で言えば、自動車ローンを自社で実行し、AIに知見を貯めていく為に発行するローン)であったり、その様な手金を確保するための社債発行で済むため、BSが非常に軽くなるというのが特徴です。

 

この結果、アップスタートはこの規模で自社株買いを行う事を決定しました。これは、非常に珍しい出来事と言えますが、上記の様にアップスタートのビジネスモデルを考慮してこの財務諸表を見てみると、アップスタートの競争力を示す充分なインパクトがあると思います。

 

■アップスタートのリスクファクター

ここまでアップスタートのビジネスモデルとそれに紐づく財務諸表を見てきました。

個人的には非常に魅力的であり、競争力があり、適切なポジショニングを取っている企業だと思います。

 

ここで問題点を考えておきたいと思います。問題があるとすると、アップスタートは全てAIに頼っており、銀行とのアライアンスは緩やかなものであるという事です。

 

アップスタートのAIモデルは、景気後退期における広範なテストがまだ行われていません。当社のAIモデルがそのような経済状況下で借り手の信用リスクを正確に反映しない場合、アップスタート・パワー・ローンのパフォーマンスは予想よりも悪くなる可能性があります。

 

つまり、もうそろそろ眼前に迫ってくる可能性が高い米国の景気後退期に向けて、アップスタートはそのビジネスモデルの性質上、備えておく事が出来ないという事です。

学習するべきデータがなかなか手に入りくいからです。

 

この点、個人的には非常に気になる部分ではあります。

 

しかし、それ以外のビジネスモデルやポジションニングは、非常に魅力的であり、参考になる点も多いのではないでしょうか。